S氏について

氏は間もなく94歳の誕生日を迎える

自家用の車を処分して免許証も自主返納された

毎回殆ど欠かさなかったグラウンドゴルフも今年初めに

終了された 体調を気遣ってのことだ

主治医は病根の恐れは皆無とのこと

悠々自適の晩期体制である

だが車なしのこの里の生活は毎日が何の変哲もなく

さりとて氏にとってみれば空白の時間があり過ぎである

私は月の内3度ほど尋ねるがその他の出入りは少ない

氏の経歴から察するに近隣と言えども気安く訪ねるには

ちと敷居が高い

けれども氏が退職してからというもの この地域 この里の

お世話は悉く良くして頂いているし 周囲の皆さんもそのことをよく承知し

ている だから今の氏をこのままにしておくのははなはだ失礼だ

私はMさんに相談を持ち掛けた

「S氏が平穏である今 心ある仲間でお見舞いをしよう

幸い誕生日も近いし、、、」

Mさんは待っていたと言わぬばかり 大賛成してくれた

発起人としてもう一人Kさんと家内をいれて4人で準備会をした

参加人数を確定してS氏を訪ねた

順をおって事の次第を話しながら ふと私は氏の顔を直視した

初めは青白くしぼんだ様子の氏の顔に光がさした

私は一瞬ほっとした よかった

だが氏はホテルでの宴を良しとしなかった

急遽 会場は我が家になった 発起人として致し方ない

否 我が家で氏の誕生の宴席をもたれるのは幸いなことでもある

氏を囲んでの宴席は既に幾度となく経験済みだ

参加数13名 それ以上は広間が窮屈になる 欲を言えばもう数名ほしい

のだが真夏の暑さの最中はゆったりしたい

 

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