これは70年も昔の思い出です

夏休みで子供たちは我が家の森に集まって

遊んでいました

森には椎の巨木が林立していますので

昼間でも薄暗くて空気はひんやりとしています

子供たちにとってはもってこいの遊び場でした

午前11時ごろでした

アメリカのグラマン戦闘機が

一機森の上空に飛来してきました

「敵機だ グラマン戦闘機だ、、、」口々に叫んで

大樹の傍に身を寄せました

グラマンは森の上空から森の真下の海に

急降下して「だだだ だだだ」と機銃照射をしては

再度 森の上に上がってきます

物凄い爆音 同じことを何度も繰り返します

誰かが「下には大きな船がいるから、、」

そうだ燃料を積んだ大きな木造船が停泊していると

聞いていた

グラマンの狙いはその船だ

ああ船がやられる

暫らくして爆発音に続き真っ黒な煙が

森の樹間に見えた

グラマンは未だ攻撃を続けている

真っ赤な火柱が黒煙の中に立ち森の一部の

木々を焼いた

船というより船に積んでいる石油が

燃えるのだから大火の炎と黒煙は

森を覆い尽くす勢いである

子供たちはそれぞれ木陰伝いに自宅へ

散っていった

森には私と従妹の幸が残っていた

我に返った私は「さちっ、、、」と呼んだ

幸は私にくっついていた

気のせいか青ざめて震えている

幸は小学1年生 私は同じく3年生

共に戦争が厳しくなってから郷里に

返って来た疎開組

森の大きな家に身をよせた家族同士だった

 

大きな火の手が上がるとグラマンは

悠々と引き上げていった

このころは既に制空権をなくしていた日本

数日おきに空襲警報のサイレンが空に響いていた

未だふるえている幸の手を引いて

森の高い海の方向に場所を変えた

重油の燃える匂いが強く喉をついた

森の下の浜では人々の掛け合う声がしきりに

飛び交っている

消防団の鐘が急をつげているが人的被害はなさそう

家に帰りはらぺこに気づきご飯を二人でかきこんだ

里ではこの事件の話で持ち切りだそうだ

 

辺りが暗くなるころ私は幸を誘って

森の上の高台に上った

眼下に海の入り江が全貌できる

未だ燃え盛っている船は引かれて対岸に

向かっている

陽が落ちた湾内には赤々と燃える船が

一点僅かに動いているだけ

身じろぎもせずにいつまでも船の火を眺めていた

先ほどの人声はなくなり夏の海は鎮まり

ただ惨敗の炎が火勢を衰えながらまだ燃えている

戦争に負ける、、、今日は完璧なまでに負けた

たった一機のグラマンに制圧された

戦争は負ける 日本が負けるのか

ふと気が付くと涙がこぼれている

涙で一点の火が拡散されて視界いっぱいに見える

幸は私と並んで立ち私の腕にすがり

シャクリを上げている

何故だか 悲しいのか それとも悔しいのか

当時小学3年生の私にそんな感情の起こる筈は

ないのだが暗い海の哀れな火を眺めつつ

涙があふれた

幸も同じことだったのか その時のことが

懐かしく思い出されます

70年も昔の出来事です

 

 

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